むかしむかし、山あいの小さな村に、「くろべえ」と呼ばれる一匹の大きな黒猫がおったそうな。
くろべえは、百年も生きた古猫で、夜な夜な村のはずれを歩きながら、星と話す不思議な力を持っていたんじゃ。
村の子供たちはくろべえが大好きで、昼寝をするくろべえに登って、かくれんぼや鬼ごっこをして遊んでいたそうな。
くろべえの背中の上で昼寝をすると、あったかで気持ちがいいんじゃと。

その村には「おおかみ山」という、どっしりとした大きな山がそびえておってな。
山のむこうには、豊かな川と畑が広がっておるのじゃが、村の者たちは、山があまりに高くて越えることもできず、やせた土地で細々と暮らしていた。
ある年のこと。空はカラカラに乾き、雨は一滴も降らん。畑はひび割れ、作物も枯れてしまった。
「山さえ動いてくれたら……向こうの水がこっちに流れてくるのになあ……」
と、ある年寄りがつぶやいた、その夜のことじゃ。
くろべえは星空を見上げて、ゆっくりと立ち上がると、村のはずれから山をじっとにらんだ。
しんと静まる夜の中、くろべえの黄金の目が、星明かりにぎらりと光った。
そのとき――
「ニャアァアーーーッ!!」
天地を揺るがすような鳴き声が、空をつんざいた。
すると、くろべえは音もなく巨大な体をすくめ、山へと駆け出した。闇の中を走るその姿は、まるで影が生きているようじゃった。
山のふもとにたどり着くと、くろべえはその大きな前足で、山に手をかけた。
「ううぅぅぅ……ニャァアアアアッ!!」
黒猫の背がぐんと伸び、ひとふり、ふたふり――そして三度目に、ゴゴゴゴ……と、大地がうなり始めた。

星が流れ、雲が巻き、ついに山が……ぐらりと、ほんの少し横にずれたのじゃ!
やがて夜が終わり、朝日が差したその時――おおかみ山が少し横にずれ、大きな谷ができた。そこから清らかな水が流れ込み、村に川ができたんじゃ!
「くろべえが……山を動かした……!」
村人たちは手を合わせて感謝した。
それからも、くろべえは村に住み続け、川のほとりで昼寝をしておったそうな。
やがて姿を見かけなくなったある晩、空に黒い雲が現れ、そこから金色に光る猫の目がきらりと輝いた。
――今でもおおかみ山のふもとの村では、黒猫を大切にし、村を救ったくろべえの神社を作り、毎年「くろべえ祭り」を開いているんじゃと。

おしまい
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